再発性胃潰瘍とピロリ菌

犯人は「ストレス」ではない

 某商事会社の社長であるS氏は、10年前の胃潰瘍と同じ様な痛みを空腹時に感ずるようになつたと訴えて来院しました。便の色は通常色で、コールタール状の便ではないとのことです。
 来週には海外出張ということなので、翌日、電子スコープを用いて上部消化管内視鏡検査を行いました。
 過去の病歴から予想したとおり、胃角部に親指の頭が入るほどの大きな白いくぼみがすぐに見えてきました。その辺縁は土手のようにもり上がり、所々に出血しているのがいかにも痛々しい感じです。
 この様子を写真におさめた後、早速バイオプシー(生検)を行い、数個は胃癌を調べるための病理学的検査へ、残りはピロリ菌を調べるためのCLOテスト液へ浸しました。胃潰瘍と言えば、すぐに「ストレス」が原因と考えがちですが、実はそうではないのです。ヘリコバクター・ピロリという細菌の感染が胃潰瘍・十二指腸潰瘍の発生や再発に関連性があることが最近の研究で明らかとなってきました。
 S氏の場合も、生検した胃壁の一部を入れたCLOテスト液が赤く発色して、ピロリ菌の感染であることが証明されたのです。

除菌により再発が抑制される

 今までの考え方ですと、胃・十二指腸粘膜の防御因子と障害因子のアンバランスによって潰瘍が発生します。そのため、H2ブロッカーやプロトン・ポンプ・インヒビター(PPI)と呼ばれる障害因子を抑制する優れた薬剤が広く使用されています。
 しかし、潰瘍がピロリ菌と関連して発生すると考えると、胃・十二指腸潰瘍は抗生物質によって治療しなければなりません。
 古典的なビスマス、テトラサイクリン、メトロニダゾール(BTM)の三者療法では、十二指腸潰瘍治癒率は94%、ピロリ薗除菌率は98%です。一方、ピロリ菌が除菌できた胃潰瘍の1年間での再発が3.1%であるのに村し、非除菌例では1年間に55.6%も再発しています。
 これらの臨床的な事実を踏まえ、1994年2月に行われた米国NIHの会議では、「ピロリ菌陽性のすべての消化性潰瘍は、初発であれ再発であれ、胃酸分泌抑制剤に加えて抗菌薬による治療を行う必要がある」との結論を得ています。治療薬もPPI+アモキシリンやPPI+クラリスロマイシンといった副作用が少なく、薬剤コンプライアンスのよい投与法も提唱されています。
 ピロリ菌の発見により、胃・十二指腸疾患の概念が大きな変革をとげたのです。
 S氏のように消化性潰瘍を繰り返す例では、ピロリ菌の除菌により再発が抑制されることが証明されていますので、我が国においても近い将来この治療が普及するでしょう。





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