街医者の診察場から・鼓膜が破れた!

 大阪のネオン街で働く女性が多く住む地区に開業している関係で、大トラ、小トラに耳を叩かれ、聞こえませんと言って来られる女性が多かったが、この数年の不景気で、医者酔っ払うほど飲むお客さんも少なくなつたのか、鼓膜を破られた女性の来院が激減している。また昭和四十年代から五十年代にかけては、主人に殴られましてと言って来られる奥様が時々あったが、最近は女性が強くなられたのか、男性が優しくなったのか知らないが、平成になつてからは一例もなし。現代では離婚の条件として認められるのでしょう?。主人から慰謝料を貰うため診断書を書いて下さいと言われたこともあり、また同じ側の耳を、二回も破られて来られた歴戦の奥さんもおられた。
 外傷性鼓膜穿孔(こまくせんこう)の原因として、器物が直接に鼓膜に当たって、鼓膜が破れる直達性と、鼓室(鼓膜の奥の空間)と外耳道(鼓膜の手前の耳の孔) の気圧の差が原因の鼓膜破裂や頭部外傷に伴う鼓膜損傷の介達性裂傷がある。直達性では、自身で耳かき、マッチの軸、鉛筆や綿棒などで外耳道をいじっていて、突いてしまったり、耳の掃除中に他人が腕や体に当たって、鼓膜を突いて破れることが多い。また昆虫が耳に入って破られたり、外から飛んできた異物にて破れることもあり、この時出血が見られることが多い。
 介達性の鼓膜破裂は、平手打ちで耳を叩かれたり、水泳の飛び込み、剣道の横面打ち、爆発による爆風などがある。これは外耳道の気圧が鼓室の気圧より大きい時であり、反対の場合、すなわち外耳道の気圧が鼓室の気圧より低くて破れるのは、耳への接吻、過激な耳管通気治療 (耳鼻科で鼻から管を入れて鼓室に空気を送る治療法)の場合である。鼓膜破裂の場合は比較的出血は少ない。頭部外傷で多い頭蓋底骨折の場合、鼓膜が破れることが多く、耳からの出血がしばしば見られる。難しい勉強はこの辺にして、柔らかな話に戻します。
 開業して二十年間、耳にキスされて聞こえなくなったと言う女性は一人もなく、叩かれたと嘘を言って来られるのだろうと思っていた。しかし昭和六十年代になって、ついに堂々と「昨夜、彼に耳にキスされ、その時パチンと音がして、耳が塞がった感じです。鼓膜が破れたのでしょうか」 という若い女性が現れた。余り大きな声で言うので、近くに居たお年寄りの方が、恥ずかしそうな顔をされていたが、こんなこと日常茶飯事で、なんで恥ずかしいのと言った態度であった。開業三十五年間で、まだ二人だから、やはり本当のことを言わない女性が多いのであろう?近頃男にもあるよと、ある先生が言ってられましたが、本当かなぁ。
耳 信じられない症例が一例あり。耳の近くで蚊がブーンと煩さくて、何回も来襲してくるので辛抱し切れず、自分の手で自分の耳を叩いたら、ポーンと音がして、耳が聞こえ難くなり、小指を耳に入れてみると、指に血が付いたので、びつくりして来院した人がいた。軽く叩いたのに、鼓膜ってこんなに簡単に破れますかと不思議がっていた。信じられないくらいに軽く叩いても、掌がきっちりと耳介と重なると、外耳道という狭い空間の気圧が急上昇して、空気圧で簡単に破裂する。ご注意あれ!
耳 珍しい例としては、鼻詰まりが強く、鼻をきつくかんだところ、パチンという音がして片方の耳が聞こえにくくなつたと言って来られた方が二人あった。またお風呂に入っている時に、お湯でタオルを浸し、耳を拭いてタオルを引き抜いたら、パチという音がして耳が聞こえにくくなった男性があった。急にタオルを引き抜いたときに、タオルと鼓膜の間が陰圧というよりも真空に近い状態になつて、鼓膜が外側に吸引され破裂してしまった極めて稀な例である。
 脚の硬い昆虫が、寝ている間に耳に入って来て、大暴れして、鼓膜を破られた人も三例経験している。昆虫が外耳道に入って暴れると、物凄い音がして飛び起きるが、何が起こつたか理解できないようであり、たまに夜中に起こされ診察をさせられることがある。殆どは柔らかい足をした虫であるが、音は結構大きいので、びっくりされるようだ。耳の中に虫が入っているよと言いながら採ってあげ、虫を見せてあげると驚かれることが多い。どうして虫が耳に入るのですかとよく聞かれるが、どうしてでしょうかねぇ・・・穴に入りたがる習性があるのでしょう!?男と似てる?
病院 破れた鼓膜はどうなるのでしょうかと、心配される事でしょう。叩かれたりして破れた鼓膜は細菌感染が無ければ、殆どは自然治癒して穴が塞がる事が多い。しかし穴が塞がるまでに、お風呂の湯が耳に入ったりすると化膿するので気を付けなければならない。一方、突いたりして破れた場合は、細菌感染の可能性が高いので、化膿して残った鼓膜も無くなってしまって、大きな穴が残ることになり、聴力もかなり低下するので、絶対に治療は必要です。大きな破れは自然には塞がらないので、化膿がなければ保存的鼓膜閉鎖術で、もし駄目な場合は鼓膜形成手術で鼓膜を作ります。
 破れた後に眩暈や叶き気があれば、内耳振盪症か内耳傷害の危険性もありますので、耳鼻科専門医に診てもらって下さい。頭部外傷に伴う耳からの出血や髄液漏は、自然治癒することが多いと言われています。鼓膜の再生力は凄いでしょう!
 かなり以前の話ですが、脳神経外科病院から 「頭部外傷後三ケ月になる入院患者ですが、まだ耳からリコール(脳脊髄液)が出ています。滅多に無いのですが、一度往診をお願いします」という電話あり。殆どの例は自然に止まるので、私も診たことはない。確かに拍動性の液が鼓膜の小さな穿孔から出ている。婦長さんに細菌検査の提出をお願いして、抗生剤の耳科用液を、毎日、外耳道への注入をお願いして帰る。一週間後に往診に行くと、婦長さんが「三日前から殆ど耳漏はありません。院長もびっくりされておりました」という。菌検査では緑膿菌だったので、使った耳科用液が偶然にもこの菌に効くものであった。次の一週間後では耳漏は全く無く、小さい穿孔も無し。院長さんは驚いておられたとのことだったが、耳漏が止まって僅か一週間で、三ケ月も破れていた鼓膜が完全に閉鎖しているなんて考えられない。摩詞不思議!
 薬の効果も素晴らしいが、鼓膜の再生力に脱帽です。大事なところは、神さんも再生する力を充分与えてくださってるのか?自然治癒の少し前に私がたまたま当たった幸運で名医?。神のみぞ知る!?



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