大気汚染物質「NOx」が心臓を救う

大気汚染物質「NOx」が心臓を救う体内で防御物質を生成していた!

 20世紀に開花した科学文明の発達に伴う工業化の波は、ガソリンや石炭の燃焼により、大気汚染や酸性雨を生みだし、地球規模の環境破壊をもたらしました。その原因物質の一つとして注目されているのが「窒素酸化物(NOx)」 です。
 皮肉なことに、この窒素酸化物の系列でxが1のときには、一酸化窒素(NO)となり、その気体が身体の内においてきわめて重要な役割を担っていることが発見されたのです。

ニトログリセリンと同じ効果

 血管を拡張させる物質として内皮由来の弛緩因子(EDRF) が存在することは、以前から知られていたことですが、この物質こそ一酸化窒素であることが、モンカダ医師等の研究グループによって証明されたのです。1987年のことでした。その後、一酸化窒素が持ついろいろな生体作用の研究が一気に開花したのです。
 一酸化窒素は、きわめて単純な構造をしており、しかも非常に不安定なガス状の化合物であり、生体内で広く合成されています。その主な作用は、血管拡張作用とともに、情報伝達物質として重要な役割を担っていることがわかったのはつい最近のことです。
 生体内で作られる一酸化窒素はアルギニンから産生され、C・GMPという物質を細胞内のセカンドメッセンジャーとして、血管の平滑筋を弛緩します。
 今日、狭心症の治療薬の代表的なものとして、ニトログリセリンやニトロールが使用されています。ダイナマイトの原料として有名なニトログリセリンが血管を拡張させるのは、とりもなおさず、細胞内でその分子から、一酸化窒素を放出させることによるためです。すなわち、ニトログリセリンから産生される一酸化窒素は、外因性といえるのです。
 これに対して、生体内で、L・アルギニンから産生される一酸化窒素は、内因性であり、その効果はニトログリセリンと同じと考えることができます。
 一酸化窒素は、血管内皮とマクロファ-ジという細胞で作られることはすでに知られています。血管内皮で合成される一酸化窒素のうち、平滑筋側に遊離したものは、血管平滑筋の弛緩(血賃の拡張) をもたらし、血管内膣側に遊離したものは、血小板の凝集と白血球および血小板の接着性を抑えます。
 生理的な条件のもとでは、一酸化窒素は自発的に遊離しっづけ、刻々と変わる血流に応じて血管の太さを変え、循環のホメオスタシス (恒常性) を保つ役割を果たしているのです。
 また、一酸化窒素は、動脈硬化が進む課程のさまざまな段階で、これを抑えるように動いています。たとえば、一酸化窒素は、動脈硬化の特徴である血管平滑筋の増殖を抑え、「悪玉コレステロール」 であるLDLの酸化を抑制します。すなわち、一酸化窒素は動脈硬化を防止する生理的因子といえましょう。
 一方、本態性高血圧症の患者においては、血管拡張能力が低下していますが、その原因として一酸化窒素の産生が減少しているか、あるいは平滑筋の一酸化窒素感受性が低下していることが考えられます。一般に、血圧上昇に対応する生体の防御機構として、一酸化窒素が重要な役割を果たしているのです。また、一酸化窒素の減少が、糖尿病の原因とする説もあります。一酸化窒素がインスリン分泌に促進的な作用をおよぼしているとの報告もあります。実験的糖尿病マウスでは、活性酸素を産生して、生理的に作られる一酸化窒素を不活化することが、糖尿病の一因であると考えられています。
 一酸化窒素の研究は、今後ますます進展するものと考えられますが、循環器系のみならず、中枢神経系、免疫系の調節にもかかわっており、さらに新しい発見が期待されるところです。



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